娘が嫁いでしまい、雛飾りも我が家には見られなくなってしまったが、店頭に飾られる桃カステラには春の到来を感じさせられる。
開業して最初の患者さんであったAさんは、毎年この季節になると、診療所の私どもに桃カステラを届けてくださるのが恒例となっていた。
桃カステラは、ポルトガル伝来のスポンジの上に、中国では不老長寿の縁起ものである桃を糖衣でかたどったカステラで、長崎では桃の節句の定番となっている。
Aさんは昔、造船所の爆発事故で大火傷をされたが、九死に一生を得られた。しかし、大量輸血により慢性肝炎をおこされ、その後、様々な治療を受けてこられたが、昨年、とうとうお亡くなりになってしまった。無類の芝居好きで、退職後は旅役者となり各地を公演されて回ったそうだが、病気となってはそれもかなわなくなった。
今年、桃カステラを口にしたとき、Aさんが遥か旅の空の下、今でも見えを切られている姿を見たような気がした。
(藍生 19巻6号 p43 2008)